身捨つるほどの祖国はありや

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 芸人あがりのゼレンスキーがプーチンという怪物の相手になるはずがない、と書いた自分を今や恥じています。ゼレンスキーは自らが首都に残って国内外に語りかけ続けるという、最もシンプルで勇敢な戦略で、邪悪な侵略者と説得力ある戦いを続けています。この先ロシア軍に捕らえられて殺されようとも、彼の勇姿とその史実は世界中の人々の心に残ります。歴史的に見れば、既にゼレンスキーはプーチンに勝っているのです。

 太平洋戦争で日本の軍人らが230万人、民間人が80万人亡くなりました。この悲惨な戦争の大義や経緯については語りませんが、英霊達を含む犠牲者達がいたからこそ、戦後日本の復興や今の我々の生活があることは論を待ちません。その方々に最大限の敬意を示しつつも、更に想像を絶するのは戦後のシベリア抑留者の方々の想い、敗戦後に57万人以上が奴隷労働に従事させられ、5万5千人の同胞が現地で亡くなったという歴史的事実です。

 ヒットラーをも越える筋金入りの殺人狂であるスターリンへの屈従は、ソ連国民か否か、更には生き死にさえ問わず地獄のような運命を意味しました。おそらく今のプーチンロシアも同じです。一度全面降伏すれば、シベリアに抑留された日本人の方々と同様、悲惨な現実に直面することになるでしょう。その後に国際社会が何を言おうと後の祭りです。中国における新疆ウイグル族弾圧同様、「内政干渉するな」と一言で済まされてしまうから。

 「マッチ擦るつかのま海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや」私が学生時代に入れ込んだ寺山修司さんは詠みました。父を太平洋戦争末期に失った氏が、高度成長下の戦後に生きる虚無感を呪った詩です。それでも、人間の本質は変りません。弱虫の私でさえ、家族や仲間がシベリア抑留者やウイグル族の人々のように扱われる未来が見えたら、武器を取って、相手を殺すでしょう。今は気持ちだけでも、ウクライナの勇敢な国民と連帯します。(T)

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