ボーダレス化する脱炭素と資源循環
2020年10月、臨時国会にて菅前首相が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行って以来、脱炭素に関わる政策報道や企業のプレスリリースを見ない日はない。「カーボンニュートラル」をキーワードにした検索件数(Google)は2020年10月から急激に増加し、社会の注目が集まっていることを如実に表している。他方、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」の検索数には大きな変化がなく、脱炭素ほどの賑わいを見せていない。脱炭素社会の実現には、これまでの線型経済から資源循環への転換を通じた循環経済へのシフトは必須であり、カーボンニュートラル宣言とともに注目度が高まってしかるべきと言える。社会的反応としては、純粋に二酸化炭素排出量削減への効果にばかり焦点が当てられがちであるが、元来資源は動脈産業から静脈産業へ幅広いビジネスに展開するものであり、天然資源から様々な原材料を製造し、それがさらに各産業へ波及するものである。例えば、特定の原材料についてリユース・リサイクル等を活用した使用量削減を図ったとしても、他の原材料で余剰が発生し、静脈産業がうまく機能しなければ、総合的に効率的な資源循環とは評価できず、脱炭素効果が極めて限定的となる恐れもある。すなわち、脱炭素と資源循環はいまや一方の視点のみでは成り立たず、そのボーダレス化が顕在化しているのである。
ボーダレス化の象徴としての原油
脱炭素と資源循環のボーダレス化における一つの象徴として、原油をとりあげたい。ご存知のように、原油からはガソリン、軽油、重油等様々な燃料が生み出されており、かつ現代生活になくてはならないプラスチック製品の原料でもある。現代社会における生活水準の維持に必須の資源でありながら、日本の国内自給率は1970年代から今日に至るまで0.5%未満の水準であり、その他すべてを海外輸入に依存した産業構造となっている。2019年度の統計では、総輸入量は約1億7千万キロリットルであるが、中東からの輸入量が全体の89.6%を占めており、輸入元も大きく偏っている。アジア諸国やロシアなど多角化を通じて、2010年代前半には中東依存度がやや軽減していたが、長期契約を前提とした輸入元の設定は各国の需要や国際情勢に左右されるため、エネルギー安全保障の観点からも大きな課題として認識され続けている。さらに、原油輸入にかかる金額も国内産業全体にとっての大きな負担となっており、2019年度では総輸入金額のうちの原油輸入金額は7兆9,722億円、割合にして10.3%を占めている。更に石炭や天然ガス、石油製品を含む鉱物性燃料全体で見ると17兆円でおよそ20%を占めており、品目別輸入額では最大の輸入品目に位置付けられる。2021年は、新型コロナウイルス感染症の影響軽減をうけた国際的な需要増大により原油価格が高騰し、日本政府として産油国へ増産の働きかけや国内備蓄の放出を行ったことも記憶に新しい。
原油の幅広い活用用途
このように日本における原油は、海外依存度や多大な輸入額等を含め、地政学的な課題を有しているが、日常生活に無くてはならない資源であり、その動向が経済活動に大きな影響を与えている。輸入された原油がどのように利用されるか、簡単に振り返ってみたい。まず、原油は不純物を取り除き精製されることで、燃料油、石油化学製品等、多様な製品が製造されていく。エネルギー源としては、主に重油、軽油、灯油などに沸点の差を利用されて分離される。比較的沸点の低い、軽いものとしてはLPガス、ナフサなどが分離され、ナフサからは沸点範囲によりさらにガソリンやプラスチック原料のエチレンやプロピレンが精製される。これらの燃料分や石油製品原料を分離し残った減圧残油からは、アスファルトも製造されている。
科学技術力の向上による効率性の改善等により、国内原油使用量は1996年をピークに漸減傾向にあるが、1次エネルギー消費量ではいまだに一番多い状況にあり、次点で石炭、天然ガスが続いている。今後、再生可能エネルギーへのシフトが進む過程でも、調整力として火力発電の役割には今しばらく期待せざるを得ないだろう。石炭からの脱却が急速に求められる情勢に加え、昨今続く商社等の石炭事業撤退や電力エネルギー需給の逼迫事案から考えると、原油由来製品または天然ガスは、これからも暫時的な代替原燃料として求められる可能性が高い。
特にプラスチック製品については、レジ袋有料化から特に社会の注目を集めており、2022年4月に施行される「プラスチック資源循環促進法」により、使い捨てプラスチックの使用量削減などが掲げられている。ただし、現状、容器包装プラスチックについては、日本の国民一人あたりの消費は米国についで多い。更には新型コロナウイルス感染症の経験による清潔意識向上が逆風となっており、プラスチックほどの利便性を有する素材が無い中で、残念ながら脱プラスチックが急速に進むことは考えにくいだろう。
求められる原油輸入量の削減
日常生活と切り離せない重要な資源である原油だが、その莫大な使用に伴う二酸化炭素の発生源としてのインパクトも大きい。原油から製造される製品は、燃料として燃やせば二酸化炭素が発生し、プラスチック製品も大半が利用後に燃焼され熱回収がなされる。脱炭素が求められる昨今において、脱火力発電、脱ガソリン車、脱プラスチックなどが叫ばれているが、冒頭に述べたように資源循環とボーダレス化した現状において、これらが根本的に全て結びついていることを見失ってはならない。すなわち、原油の派生製品を細かく削減するなどしても、他の製品が依然として消費あるいは輸出、最悪の場合廃棄物として処理されるため、脱炭素としての効果は限定的となる。結局は資源そのものの流れを制御する必要があり、根本的には原油由来製品の全般的な使用量削減およびリプレイスによる、原油輸入量削減が求められる。原油が抱える重度の海外依存、多大な輸入額という課題を解消し、原油を中心とした資源循環の流れに逆らって脱炭素を達成しうる技術こそが求められている。
原油代替に期待されるバイオマス/バイオテクノロジー
原油が果たしてきた役割を担う代替材として、バイオマス(生物資源)に注目が集まっている。代表的なものに、バイオマスを原料とするバイオ燃料が挙げられる。バイオ燃料は、燃焼時に排出する二酸化炭素と等量の二酸化炭素を、生物が成長時に吸収していることから、利用時の二酸化炭素排出量をゼロと見なすことができる。現状バイオ燃料としては、サトウキビなどを発酵・蒸留して製造されるバイオエタノール、菜種油などから製造されるバイオディーゼル、家畜排泄物や食品廃棄物を発酵させた時に生じるガスから製造されるバイオガスの3種類が広く利用されている。そして最近では“次世代バイオ燃料”として、微細藻類の研究が進んでいる。新しい微細藻類発見のニュースや、既に研究が進む微細藻類を用いた飛行機や船の試験運転のニュースも耳に新しい。
燃料以外にも、微生物によって生分解される「生分解性プラスチック」及びバイオマスを原料に製造される「バイオマスプラスチック」を総称した、バイオプラスチックの分野も注目を浴びている。生分解性プラスチックは、海洋プラスチックのごみ削減、廃棄物処理の合理化への貢献が期待され、バイオマスプラスチックはバイオ燃料と同様、温室効果ガス排出抑制、枯渇性資源の使用削減への効果が期待される。
以上の通り、バイオマスは石油代替になり得る資源として注目を浴びている。そしてそれを支えるバイオテクノロジー分野の発展が期待されている。更に、脱炭素社会実現に向けては、生物そのものの持つ「二酸化炭素を吸収し、資源として使用する力」を利用したネガティブエミッション(森林、ブルーカーボン生態系の機能等)の役割への期待も大きい。こうした技術に共通して言えるのは、生物(主に植物)が、二酸化炭素を資源として「利用」していること、二酸化炭素を資源として循環させていることである。まさに、資源循環と脱炭素をつなぐキーになるのがバイオテクノロジー分野なのである。
バイオマス/バイオテクノロジーの再評価を
一方、バイオマス、それを利用したバイオテクノロジー分野にも様々な課題がある。例えばバイオ燃料では、バイオマスを加工・変換・運搬する過程で二酸化炭素が排出されること、森林を切り開いて原料となるアブラヤシ農園の開拓が進み生物多様性に危害を加えること、食糧生産と競合すること等が課題として挙げられる。また、実用化に向けては更なる技術革新とコスト削減が必須となる。ライフサイクル全体で本当にカーボンニュートラルな資源となるのか、本格導入に向けては、更なる調査研究が必要になるであろう。また、量産化やコスト削減に向けては、更なるバイオテクノロジーの進展が望まれる。こうした様々なハードルがある中で、今後生物の持つ二酸化炭素を資源として利用し循環させる能力を活用し、脱炭素につなげるためのステップを具体化する必要がある。
まずは、脱炭素、資源循環分野におけるバイオマスの可能性及びその潜在能力を改めて評価することが必要である。また、バイオマスの力を最大限に伸ばすバイオテクノロジー分野を、脱炭素に関わる様々な取組みや政策の中で拡充させていくことが重要となる。
現状、国内外を問わず太陽光発電や風力発電等の再生エネルギーにばかり注目が集まっている印象を受けるが、今一度生物の持つ「二酸化炭素を吸収する」力、また「二酸化炭素を資源として循環させる力」を再評価するべきではないだろうか。
広い視野を持った取り組みを
原油が現代社会に果たす役割は非常に大きい。エネルギー源から日常にあふれる素材として、原油を利用しない生活は想像できない。それゆえ、個別事象の脱炭素に向けた取り組みが、原油全体の資源循環全体をバランス良く縮小させるものでなければ、真の意味での「カーボンニュートラル」は実現不可能である。 本稿では原油を例にとりあげたが、他の資源においても同様の検討が必要になるものと考えられる。今や脱炭素への努力は人類全体にとっての課題として、個別産業レベルでの対応が進展しつつある。しかし、資源は現在構築された循環システムの中で活用されており、その点を無視した強引な脱炭素化運動は、社会全体のバランスを崩し、あらたな社会問題を引き起こす可能性も否めない。全ての産業や行政関係者が、「脱炭素」への調整にあたって「資源循環」を含むに広い視野をもって取り組むこと、これこそが国内外を問わず我々が目指すべき方向性なのである。
資源循環ネットワーク 岩村 越史 / 彌永 冴子